剣道は剣の理法の修錬による
人間形成の道である

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大先輩から青少年剣士へのメッセージ

━━━(元)群馬郡倉渕村長  市川平治先生

  • 市川平治先生の略歴
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    • 1947年7月 倉渕村権田生まれ
    • 県立高校教諭 14年
    • 倉渕村議会議員(議長、文教委員長)12年
    • 倉渕村 村長 4年  高崎市参与 3年
    • 新島学園中学高校 校長 6年
    • 現在・烏川流域森林組合 組合長

━━━剣道と私

  • 今回は、私のような者に投稿の機会を与えて頂き、恐縮しています。
  •  剣道に関して、私がお話しできるようなことは殆どありませんが、多少の思い出話を書かせて頂きます。
  •  私は、母の実家が高崎市沖町に学心館岡田道場という道場を開いていた関係で、幼少のころから剣道を身近なものとして感じていました。
  •  そして昭和30年、市川忠雄先生が地元の倉渕村権田に真道館市川道場を開設し、2年後に私も入門致しました。小学4年生ころだったと思います。
  •  市川忠雄先生は、我が家の本家筋(我が家は、嘉永5年に分家)にあたり、旧制高崎中学(高崎高校)剣道部時代には、剣道教師をしていた私の母方の祖父、岡田元雄に指導を受けたとのことにて、私にとっては本家の道場での修行、しかも、祖父の孫弟子になったという緊張感を抱きながらの剣道修行のスタートでした。
  •  開設当初から真道館は、月謝が無料の上、防具も館長先生が自費で準備したものを貸与するという、地域の青少年教育に対する館長先生の情熱あふれる取り組みでした。
  • そのような意味からも、近在の男子小学生なら真道館に入門することが当然という雰囲気だったように思えます。
  • 稽古は、年間を通じて月水金の週3日、朝6時から行われました。
  • 真冬の厳寒期、先生は真っ暗闇の道を続々と道場に集まる少年たちに、毎朝一束のマキを燃やして暖をとらせ、池から汲んだバケツの水を焚火で温めて道場の雑巾がけをするのが常でした。チェンソーなどない時代です。手鋸で挽いた、当時とすれば貴重な燃料のマキを惜し気もなく燃やして下さった先生の心に、今更ながら感謝の念が湧いてきます。
  • 稽古の後は、道場に正座して先生の訓話を聞きました。今でも覚えているのは、「身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始め也」という言葉です。「一番の親孝行は、皆が元気で丈夫に育つことなんだよ。」と諭す先生の言葉は、半世紀を経た今日まで、私の心の中に生き続けているといって過言ではありません。
  • また、剣道の教えでは「真っ直ぐに打ち込むこと」を主眼とし、小手先の小技で勝った試合よりも、真っ直ぐに打ち込んで負けた試合の方が褒められたという、仲間の話を何度も聞いています。そして、この伝統は今日まで倉渕中学校に連綿と受け継がれています。
  • 昭和60年、真道館は開設30周年を機に館長先生が引退され、門人有志による新体制で館名を継承、小日向英介先生を代表とする真道館倉渕道場として市川忠雄先生の遺志を伝承しています。
  • 実は、私自身は小学校卒業とともに家を離れ、新島学園中学に入って寮生活となったため、真道館での修行は昭和35年で終わりとなりました。さらに、当時は新島学園に剣道部がなかったので柔道部に入り、そのまま大学時代まで柔道部に籍を置き、社会に出てからもずっと柔道に関わって今日に至りました。現役での柔道の実績は皆無ですが、時の流れの中で現在は、群馬県柔道連盟の副会長を務めさせて頂いております。
  • しかし、剣道とも全く縁が切れた訳ではなく、新島学園高校1年のころ、柔道部に籍を置きながらも、剣道経験者の友人と共に剣道部を作る発起人の筆頭に名前を連ね、後に、谷勝彦八段を輩出した新島学園剣道部の、創立メンバーであることは大きな思い出です。
  • そして、教員時代には勤務校の剣道部顧問を務めて剣道の稽古にも励み、一応、五段を戴いていますが、こうして、真道館や学心館関係者の皆さまとのご縁を基に、剣道連盟の皆さまにご厚誼を頂けることに心から感謝しています。
  • また今でも、母の実家の前に立つ祖父・岡田元雄の頌徳碑の前を通るたびに「孫として、この碑に恥ない人生の歩みを・・・」という思いを新たにし、小学生時代に真道館で培われた「人としての基本姿勢」を改めて心に刻んでいます。

大先輩から青少年剣士へのメッセージ

━━━(元)北陸大学教授  鈴木陸生先生

  • 鈴木陸生先生の略歴
    • 1940年東京生まれ 県立福岡高校・国立九州大学卒後、小野薬品工業(株)入社
    • その後各社の役員等に就任 平成16年北陸大学薬学部・未来創造学部教授に就任。
    • 平成26年同大学特任教授を経て退任。平成12年より高崎市在住。
    • 公認 社会体育指導員(剣道)中級 日本体育協会スポーツ指導者 剣道錬士6段

━━━少年剣道と私

  • 私と少年剣道会との出会いは、昭和53年兵庫県西宮市の春風剣道会です。大阪に本社のあった会社の勤務の関係で大阪へ単身赴任をしました。西宮市の甲子園口というところに会社の寮が有り、そこへ住むことにしました。それまでは外勤が主体の営業活動が主だった仕事であった為に、昼も夜もない一日中仕事の連続で、夜間といえども自由な時間はなかなか取れませんでした。本社では企画の仕事が主だったので、デスクワークが多く定時に帰宅する日も多くなりました。ある日西宮の街を歩いていると、竹刀の打ちあう音が聞こえました「どこかで剣道やっているな!」と耳をすませ、音のする方に歩いて行きました。そこは小学校の講堂で、大野幸雄先生がご指導をしておられました。大野先生は剣道、居合道両道の範士で八段の方でした。お許しを得て一緒に剣道をさせてもらうことにしました。その後子供達の人数の関係で、すぐ近くの別の鳴尾北小学校の体育館を夜間開放してもらって、もう一つの少年剣道会が出来ました。私はそちらへ移りました。併せて、新しく出来たマンモス団地、武庫川団地内にある武庫川小学校の少年剣道教室にも行き始めて、地域の少年剣道会との付き合いが深くなっていきました。その後も私の転勤は続き、福岡、東京(中野)でも、少年剣道とかかわって参りました。
  • よく「教えることは学ぶこと」と云われますが、少年剣道に於いても同様で、子供たちから学ぶことがいっぱいでした。子供たちの感情表現は何の駆け引きもありませんから純粋そのものです。鳴尾北小学校での事です。その頃は剣道が盛んで、5人の先生で、最大80人ぐらいを教えておりました。一人の先生のところへ15人から20人が並んで順に先生へかかって行くのですが、あるとき私のまえに子供が4~5人しか並んでおりません。またある時は倍の30人ぐらいが並ぶ時が有りました。厳しく教えた次の稽古時には敬遠されて、少しの少年しか並びません。ところが、「今日は良かったね!先生一本取られちゃったよ」などと声をかけて稽古を終えるようにすると、次の稽古時には沢山の少年が私に懸ってきます。コミュニケーションが良くなり、信頼関係が向上すると多くの少年が慕ってきます。この事は少年たちから教えられた企業経営のコツの一つです。一方、少年たちは良い時は誉められ、間違った時は注意をされるということを剣道を通して身を持って学んだのではないでしょうか。
  • 今、私は多くの方々のご指導ご協力を得まして、剣榛会で稽古を続け、箕郷中学校剣道部活動に於いて外部指導者として生徒達と剣道致しております。元気で剣道が出来ている事を幸せに思っております。

箕郷中剣士と

箕郷中剣士と

大先輩から青少年剣士へのメッセージ

━━━(元)多野郡新町町長 髙橋功先生

  • 高橋功先生の略歴
    • 1944年多野郡新町生まれ、町議会議員4期 議会議長を経て平成11年町長就任 平成18年高崎市編入まで務める
    • 平成26年春叙勲で旭日双光章受賞(地方自治功労) (剣道7段教士)

━━━私の剣道の先生は子供たち!

  • 昭和34年高校1年の夏、剣道部入部。20才で5段合格、21才6段受審、受審番号1組のC、全国で3番目の若さ、見事不合格。自身の未熟さと剣道の奥深さを体感致しました。22歳で剣道を教え始め新町剣道クラブを発足し50年近くなります。
  •  クラブでは入部する子供達の親から剣道を志す理由、動機と言うことでアンケートを取ります。その中で心身の鍛錬、体力づくり、忍耐力をつける、礼儀正しい子供にしたいが90%以上。剣道を覚えたい、剣道が強くなりたいと言うのは僅かです。剣道が人間形成の手段、方法として選択されている事は指導にあたる私達としても教育的意味に於いても責任を痛感する所です。
  •  剣道は基本が大切。足のはこび、竹刀の持ち方・構え方、発声、打突の機会等、気剣体一致の動作、子供達を優しく「ほめながら」ヤル気を引き出す。又、剣道の稽古を通じて基本なルール、決まり、約束を教える。たとえば人に会ったら挨拶をする、皆と仲良く遊ぶ、仲間外れをしてはいけない、仲間(相手)を思いやる事が出来る・・・間違った事をしたら勇気をもって「ゴメンナサイ」と言える子供。毎回稽古日に色々な話をしているが実際に子供達だけに話しているのか? 違います! 自分自身にも言い聞かせています。私の剣道の先生は新町剣道クラブの子供達、教えていると思っている子供達が私の先生でした。
  •  継続は力なり。私も古希を過ぎましたがこれからも出来ることを精一杯やっていきたいと思います。私の大事に思うことは人生晩年を迎えたこの時期どう過ごすかと言う事、過去の失敗はその後の人生の栄養となります。逆にどんなに成功したとしても慢心したら台無しになります。
  •  「終わり良ければすべて良し」です。 子供たちに感謝!

新町剣道クラブ集合写真

木刀による基本技練習